加藤 直三
- はじめに
- 海洋教育
- カヤック
アメリカの西海岸のモントレーでの国際会議に出席した際、町の本屋に立ち寄ったところ、 Wooden boat の製作法の本を見つけた。銅線、ガラステープ、エポキシ樹脂、べニア板で作るという簡単なやり方であった。この本をもとに、自分の子供用に作ってみた(写真参照)。この時の製作法は雑誌「手づくり木工事典」(婦人生活社)にも掲載された(写真参照)。強度も十分で安定性のある一人乗りカヤックができたため、このときのプログラムを用い、カヤック作りの授業を始めた。仕上がったカヤックで浜名湖での漕船も行った。研究室では、小学生を対象にカヤック作り教室も開いた。またべニア板の代りにキャンバスの布を用いた手法によるカヤックを製作し、伊豆稻取から伊豆大島まで約30kmの横断カヌー大会にも出場し、無事、横断することができた。
自分の子供用に作成したカヤック(西湖) | 手作り木工辞典 |
前述のエスキモーロールに関して、その運動機構に興味を持ち、自分が被験者となり、水中でのカヤックの運動、体の運動、パドルの動作を撮影し、解析を行い、その結果をもとに運動モデルを構築した。さらに、幾つかの関節を持つマニピュレータを製作し、それをカヤック模型に取り付け、自動復原の実験を行い、マニピュレータでカヤックの自動復原が実現できることを示した。これをもとに、小型船舶の転覆時の自動復原装置として、この手法を用いた装置の特許申請も行ったりした。
伊豆稻取から伊豆大島までの横断カヌー大会に出場した学生とカヤック2艇 | マニュピュレータによるカヤックの自動復原装置 |
- 他分野研究者との協働
イルカのバイオテレメトリ装置とハーネス
その他、協働作業ではないが、黒潮の鉛直プロファイルを、海底から立ち上げた係留系に潮流計を取り付けた方法で長期の計測を行っていた海洋科学科の先生にお願いして、実験の現場を乗船し見学させてもらった。そこで海底に設置した係留系のおもりを切り離すための音響切り離し装置があることがわかった。この装置は、当研究室で最近開発した海底からの油・ガスを追跡する自律型水中ロボットにも緊急浮上装置として装着されている。
沿岸環境を扱っていた先生は、特に浜名湖に注目して、海水交換と湖内環境との関係について研究を進められていた。そこで、外洋との境にある今切口での潮流の速さが2m/sに達することを知った。その潮流エネルギーを使った潮流発電の研究を行った。潮流の向きの変化にも適応し、小さな装置でなるべく多くの潮流エネルギーを吸収させるため、フォイト・シュナイダー型の潮流発電装置に増速装置を取り付けたものを製作し、回流水槽での実験を繰り返したあと、今切口での実験に臨んだ。一応、発電ができることは確認できたが、強潮流下での装置の係留法に課題が残った。
浜名湖・今切口での潮流発電実験
- 企業との共同研究
自律型水中ロボット”FLIPPER”と水中ステーションの概念図
その考えをKDD研究所に持ち込んだところ、丁度、海底ケーブル探査用自律型水中ロボットを開発中であり、一緒にやらないかということになった。実験機はすでに開発済みであったが、制御系が未完とのことで、流体モデルの構築、制御系の構築のところを担当し、深さ10mの水槽実験、何回かの海洋実験を通して、海底ケーブルを自律的に探査することが可能であることを明らかにすることができた。しかし、実用機にするためには、流体抵抗性能、前方障害物との衝突回避を含めた縦方向の操縦性、潮流中におけるケーブルトラッキング中の横方向の操縦性、海底接地後の脱出方法に問題があり、Flipper の設計で提案していた考え方を導入して、実験機とは全く違った形状の実用機を開発し、海洋実験を通して、その有効性を確認した。この研究から、水中ロボットの開発には、何度もの海洋実験を繰り返し、ハード面、ソフト面の両面から色々な問題を抽出し、それらをスパイラル的に解決していくことが重要であることがわかった。この開発の途中に、何度か、大企業から見学があったが、大企業ではこのような体制がとれるのか、疑問に思われた。この自律型水中ロボットの開発研究は、世界的に見て、黎明期に当たり、ものづくりのSカーブの下部に位置し、当時はこれが産業として成り立つのか読むことができなかったが、現時点はSカーブの上部に位置している。このAqua Explorerは、世界で初めて海底ケーブル探査用自律型水中ロボットとして開発されたもので、その後、日本でそれを企業化する流れができなかったのが残念である。現在では、海底パイプラインや海底ケーブルを自動検査する自律型水中ロボットが世界のマーケットに出回っている。これは、前述のバイオテレメトリの開発についても同じことが言え、その後、日本で企業化する流れができず、アメリカで企業化された。自律型水中ロボットの水中ステーションでのドッキングと充電についても、アメリカで実用研究が進んだ。一方、この研究で認識不足があった点は、KDDの場合、関連会社に調査船を運用する会社があり、他の企業に比べて、調査船の調達が容易であったことで、今年度までの科学研究費(基盤研究(S))で取り組んでいる海底からの油・ガスを追跡する自律型水中ロボットの開発では、この調査船の手配にたいへん苦労している。特に、日本海側ではこれが大きな問題である。これについては、最後に詳しく述べる。
Aqua Explorer 1000 (実験機) | Aqua Explorer 2(実用機) |
- 水棲動物の機能の海洋工学への応用
日本に帰り、Aqua Explorerの研究開発と並行して、早速、水棲動物の機能の海洋工学への応用を目指した研究を始めることにした。その当時、すでに琉球大学の永井先生が、1970年代から尾ひれ運動を行う自動機械魚の精力的な研究があった。また信州大学の森川先生は1980年代から、機構的に上下運動と縦揺れ運動を二次元振動翼に与える振動翼推進船の開発を行っていた。アメリカでは、1994年にMITのProf. Triantafyllou が永井先生と同じような Robotuna を開発した。一方、東海大学海洋科学博物館では、何種類もの水棲動物の推進方法を単純な機械に置き換えた”メカニマル”が展示されている。このような状況で、Aqua Explorer のように、一定速度で航走する自律型水中ロボットについては、研究の対象外とし、これまで研究がなされていなかった、波浪や潮流の外乱の中で、定位置を保持したり、物体の周りの検査を行うような所謂ホバリング型と言われる高操縦性の水中ロボットの開発を目指した。研究のスタートして、学生に池に棲息していて悪名が高いブラックバスを釣ってきてもらい、二次元水槽中で、遊泳させ、特に、ホバリング型の魚の操縦性に関係のある胸ひれに着目して、運動解析を行った。この胸ひれの運動を単純な三つの運動(前後運動、上下運動、ひねり運動)に分けて、それらの関係を調べた。そうすると、ブラックバスの場合、ほとんど、前後運動とひねり運動から成り立っていることを突き止めた。この運動を機械的に模擬する装置を製作し、ブラックバス模型の胴体に左右の胸ひれ運動装置を取り付け、水槽で動かすと、前後運動、旋回運動が可能であることがわかった。その結果を、第3回UUSTシンポジウムなどで発表した。聴衆の反応は、たいへん良く、その後に投稿した英文ジャーナルの引用が、20年経った今になって多数に上っている。
初代のブラックバスロボット
UUSTシンポジウムの参加を通して、アメリカでは、ONR(Office of Naval Research)やDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)が、生物学者と工学者の協働による水棲動物の機能の海洋ロボットへの応用に関する基礎研究に大きな予算を投じていることがわかった。日本では、前述のようにそれ以前から、先駆的な研究が行われており、日本でも研究会の組織化が必要に感じ、信州大学の森川先生を訪問し、その必要性と可能性を論じた。そして、1997年3月に、バイオエンジニアリングの視点からこれらの水棲動物の運動と推進に関わる生体外部流れと推進原理や感覚機構を解明するとともに,水棲動物の運動機構と機能および行動形態を規範とした水上・水中移動機械などについての研究開発を行うことを目指すアクアバイオメカニズム研究会の第1回の講演会を開催した。その後、2000年にハワイで第1回アクアバイオメカニズム国際シンポジウムを開催,その後、3年に1回のペースで行われている。一方、阪大の田中一朗先生は琉球大学の永井先生と共著で、「抵抗と推進の流体力学 -水棲動物の高速遊泳能力に学ぶ」を出版している。その時、田中先生が永井先生とともに、清水の東海大学海洋学部の私の研究室を訪れられたことを思い出す。またこの国際シンポジウムを通して、世界の研究者のネットワークが形成され、その後、私の胸ひれの研究に関して、日米の共同研究まで発展するに至った。
4つの胸ひれ装置を取り付けた水中ロボットPLATYPUS
- 最後に
海底から噴出する油・ガスを追跡するロボットSOTAB-Iの開発
(駿河湾での第一次試験)
(駿河湾での第一次試験)
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では、大規模な津波によって工業地帯の油貯蔵施設から大量の油が流出し,気仙沼市街地は全焼した。今後,東海・東南海・南海連動型地震とそれに伴う津波の発生が予測され,東京湾,伊勢湾,大阪湾では大規模工業地帯への災害とそれに伴う有害物質の流出が懸念される。港湾空港技術研究所は、港湾の地震対策、津波対策に対して、中心的な役割を果たしてきている。しかし、大規模工業地帯への災害とそれに伴う有害物質の流出の問題に対して、取り組む姿勢が見えなかった。そこで、大規模自然災害時に、沿岸にある大工業地帯からの油流出の陸側・海側への環境影響について、大阪大学大学院工学研究科専攻横断的研究組織 「石油コンビナート防災研究イニシアティブ」を結成し、油類等の危険物流出被害のリスク解析とそれを軽減する具体的な技術の検討を行い,具体的なガイドライン作成を行うことを目的に研究活動を開始した。ここでの大きな問題は、例えば大阪湾全体の安全性や震災後の復旧・復興活動について、陸側・海側の両面から、震災後の住民の安心・安全も取り込んだ総合的なリスク管理体制が構築されていないことである。私は、今年から、OECDとUN Joint Environmental Unitの「自然災害による産業災害」のステアリング・グループの日本代表に就任し、最終的に、2020年に総合的なリスク管理について、国際的なガイドラインを策定することになっている。この目標を達成させるため、多方面から、皆様のお力をお借りしたい。
大阪湾堺泉北地区のガスタンク・油タンク群